初代のPlayStationの開発に携わり、長期にわたりゲーム領域に従事してきた豊禎治。近年は、ゲームをはじめとするインタラクティブエンタテインメントに貢献する先端技術の研究をリードしています。これまでのキャリアとテクノロジーにかける想いをソニーグループのテクノロジーブログが取り上げました。ここでは、そのインタビューの一部をお読みいただけます。

注:本記事のインタビューは、内容が要約されています。フルバージョンはこちらPart 1Part 2をご覧ください。

PlayStationの開発で印象に残っているエピソードを教えてください。

PlayStationのコンセプトについて、プロジェクト責任者であった久夛良木さんの頭の中には明確なイメージがありました。当時コンピュータグラフィック(CG)だけでつくられた映画が登場しはじめていて、あのフルCGの世界のゲームを創りたいと。

ただ、フルCGでのゲーム作りの実現には非常に困難が伴いました。当初私は、背景を動画としてあらかじめCGで作り込み、動く背景の前にキャラクターを出すようにすればインタラクティブに動いているように見えるのではないか考えたんです。それで確かにフルCGのゲームはできたのですが、何せ単調なんですよね。プレイヤーからすると、撃って敵を倒すだけのゲームです。それってゲームとして本当に面白いのか、と疑問が残りました。

そこで、ゲーム画面すべてをリアルタイムにCG映像でつくっていく方式へと発想を転換しました。リアルタイムCGは最低でも1秒あたり30フレームないと滑らかに動いているように見えません。つまり、1/30秒で1枚のCG映像をつくる必要があるわけです。3D世界の最小単位は、3つの頂点で構成される「ポリゴン」です。ポリゴンをたくさん組み合わせることで高精細な物体を作ることが可能になります。ではどれぐらいポリゴンや演算量が必要になるのか。PlayStation向けの最初につくったデモムービーを例にすると、恐竜本体は2,700ポリゴンで構成されています。動く恐竜をスクリーンに投影するには、1秒あたり、2,700ポリゴン×3頂点×30フレーム=243,000回の頂点演算が必要です。

デモとしてPlayStationで最初につくった恐竜

当時、そのような処理が可能なワークステーションは1台数千万円と非常に高額なものだったので、家庭用ゲーム機でどう再現するかが大きな課題でした。久夛良木さんのアイデアは、頂点演算の機能を半導体のチップの中に閉じ込めてCPUに入れ込めば、安価に量産可能になるはず、というもので、ジオメトリエンジン1 を開発しCPUに入れ込むことで実現に漕ぎ着けました。ここが一番のブレークスルーであり、その後のPSシリーズの基礎的な技術の一つとなっています。

私自身が直接開発に関わったのはPS3までですが、ソフトウエアエンジニアとして意識していたのは、ゲームソフトを開発するゲームデベロッパーにとって、いかに使いやすい開発環境を提供できるか。3DCGのライブラリーを担当していたので、3DソフトウェアライブラリーをAPIとしてデベロッパーに提供していました。

ここで培った技術や考え方が、私の現在の専門であるリアルタイムレイトレーシングなどインタラクティブ技術へと最終的につながっていきます。現在は、これまでの経験を活かして、インタラクティブ技術やソニーのデジタルインタラクティブ技術のビジョンや方向性を考える立場にあります。リアルタイム3DCGの切り口からゲーム業界全般を見通して、新たな技術がゲームをどう変えていくかというところに現在関心を持っています。

ゲームの領域におけるソニーの強みはなんでしょうか。

ゲームの領域においては、リアルタイムはマストの条件であり、それを前提にいろいろなものを作り出していくわけですが、このゲーム発の技術を他の領域に応用できることが強みだと思っています。たとえばバーチャルプロダクションを用いて撮影する場合、カメラと映し出される背景がリアルタイムに連動する必要があり、これはまさにゲームで培ったリアルタイムCGの技術の応用です。リアルタイムレイトレーシングのような実写的な表現を他の分野に応用し、うまく掛け合わせることによって更なる発展が期待できます。

ほかにも期待しているのがシミュレーションとAIの掛け合わせ。シミュレーションがコンピュータ能力の向上によって計算力をより高めて答えを導き出す演繹法であるのに対し、AIは帰納法、過去の蓄積や世の中の知識と照らし合わせて適用することで答えを予想します。この組み合わせによって、計算を途中まで進めて、AIの帰納法で最終的な答えを導き出すといった、従来のパラダイムとは異なるアプローチで答えを出すことで、できることがこれまで以上に増えていきます。

PlayStation 5 ProのPlayStationスペクトルスーパーレゾリューション(PSSR)はまさにその実例の一つで、例えば2Kの解像度でレンダリングしてAIにより違和感なくアップスケールして4Kの鮮鋭度の高い解像度に作り変えることができるのです。これに限らず、AIをはじめとするさまざまな領域をリードするソニーのDistinguished Engineerたちがそれぞれの強みを活かして連携することでソニーの強みがさらに発揮されていくと思います。

そうした技術の発展によって、最終的にゲームのユーザーにどのような価値を提供できるのでしょうか。

妄想に近い考えですが、一つのアイデアとして、今述べたようなAIの力を活用することで、コンテンツがもっと人間に寄り添っていくのではないかと思います。

今のコンテンツは皆が同じコンテンツを体験しますが、将来はその人の気分や好み、スキルに合わせてコンテンツがカスタマイズされていく。AIによってリアルタイムに適応してダイナミックに変化していくのです。特にゲームはプレイの上手・下手などがわかりやすいので、プレイヤーの熟練度を推測しながら難易度を絶妙に調整して離脱しないように盛り上げるといった活用が考えられるかと思います。

今年12月にPlayStationは発売30周年を迎えました。思いをお聞かせください。

1994年に初代PSを世に出してから30年。いまだ多くのユーザーの皆様にご支持いただき、テクノロジーが進化を続けているのは、やはり最初の方向性がしっかりしていたことが大きいと実感しています。「リアルタイム」「3DCG」という高いハードルを最初から課されていたことが、さまざまなテクノロジーの掛け合わせを生み出し、適用され、コンピュータの計算力が増えていくのに合わせて進化を遂げてきました。こうしたプロダクトに関われたことに感謝しています。

  1. ジオメトリエンジン:3DCGにおいて座標変換を専門的に行うソフトウェアやハードウェア ↩︎