“あそんでまなぶ”楽しさを子どもたちに届ける
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ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)では、2019年3月20日に子ども向けの体感型ロボットトイ「toio™(トイオ)」を発売しました。「toio」のプロジェクトはソニー株式会社の新規事業創出プログラム「Seed Acceleration Program(SAP)」*を通じて2016年からスタートし、2017年にはクラウドファンディング&ECサイト「First Flight™(ファースト・フライト)」で先行販売を開始。そして2018年、「toio」事業はソニーからSIEへ移管され、プレイステーション®が構築してきたハードウェア設計や技術、ユーザーとクリエイターをつなぐインタラクティブなプラットフォームの知見の蓄積を活かして、さらなる進化を遂げてきました。
*現在は「Sony Startup Acceleration Program(SSAP)」に名称を変更
「toio」のユニークな特徴の一つは、触ってあそびながらプログラミングの基礎まで学べることです。ロボットトイは特殊なパターンが印刷された「プレイマット」に配置されると、まるで魔法をかけられたように生き生きと動き出します。専用タイトルを変えることで工作、ドライビングゲーム、音楽、絵本などあそび方の幅も無限に広がり、教育分野では楽しみながらプログラミング的思考が身につくツールとして授業に取り入れられるなど注目を集めています。
本記事では、「toio」発案メンバーのひとりであり、事業移管にあわせてソニーからSIEに異動した田中章愛と、SIE側で立ち上げから事業を統括してきた中多大介のふたりが、「toio」の魅力やこれまでの歩み、今後の展望について語ります。
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ロボットトイを使ってインタラクティブなあそびの可能性を拡張したい
――なぜSIEで「toio」を開発することになったのでしょうか?
田中 ソニーの「SAP」に採択されたところから「toio」の商品化は本格的にスタートしました。その後、SIEが展開するエンタテインメント×テクノロジーの新事業に「toio」を位置づけ、成長させていこうという話をいただき、事業移管が決定しました。
――これまでSIEのビジネスはプレイステーションに特化してきました。ユーザーの年齢層やマーケットが異なる「toio」をSIEで開発することの強みはどこにあると考えますか?
中多 SIEはコンテンツサービスを大切にしながら、プラットフォームを作っている会社です。コンテンツサービスとハードウェアが融合する体験や世界観を作り出せるところがSIEの強みであり、そこが「toio」との共通点でもあります。プレイステーションのビジネスで培われた経験や資産をベースにすることで、「toio」独自の世界観を伸ばして、未知のエンタテインメント体験を作り出していけると考えています。

――「toio」の魅力はどんなところにあるのでしょうか?
田中 「toio」はコンピュータゲームのようにバーチャルではなく、現実世界のインタラクティブなあそびを提供するロボットトイです。バーチャルな世界のように空を飛んだり知らない世界に行くことはできませんが、身近なおもちゃなどを組み合わせて自分の好きな世界を作ったりと、あそび方次第でストーリーが広がり、シンプルな四角いキューブが愉快な友だちにも、自分の分身にもなってくれます。実際に触ってあそぶことができるので、ユーザーがあそび方を発明する余白が大きいのも「toio」の魅力だと思います。
中多 プログラミングでコアキューブを自由自在に動かせるのは「toio」ならではの面白さですよね。
田中 さまざまな楽しい動きができるロボットを使ってエンタテインメント体験の可能性を広げたいという気持ちがありました。そのためにもプログラミングの自由度を確保することは必須で、ユーザー・クリエイターの方々の力も借りて、“あそび方”が進化するプラットフォームになることを目指しています。
中多 プログラミングで体験を拡張できる「toio」の特徴は、子どもだけではなく、大人も楽しめる重要な要素になっています。私自身も初めて「toio」のプロトタイプに触れたとき、大人である自分があそんでも楽しそうだなとワクワクしたことを覚えています。
田中 プロトタイプをしていた頃、子どもが生まれたこともあって、自分が子どもと一緒にあそべるものにしたいなと(笑)。
中多 親子で本気になれるのは大切なことですよね。一緒にあそんでいても、親の気が乗らないことを子どもたちは敏感に察知しますから。
田中 開発チームでもロボットそのものというよりは、そこで生まれるあそびの体験を大切にしていました。プログラミングにしても、強制的にやらされていると感じれば嫌になってしまいます。だから自分から触りたくなる、触っているうちに工夫やひらめきが生まれていく。時間を忘れて夢中になれる“あそび”を「toio」は大切にしています。
中多 「toio」は子どもたちにとっても初めて触れるソニーグループの商品や体験になる可能性が高いものです。そこで夢中になってあそんだ体験はソニーブランドのエントリーポイントとしても大きな役割を果たしていくので、我々としてもすごくやりがいのある仕事だと感じています。
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新事業の推進力となるSIEのカルチャー
――SIEでの開発が決まったときの思いをお聞かせください。
田中 ソニーグループの中でも世界で最も親しまれている製品を作っている皆さんと仕事ができるのは、純粋に嬉しかったですね。エンジニアの皆さんのものづくりに対するこだわりからも多くのことを学ばせていただきました。
中多 新規プロジェクトの立ち上げは課題も多く、「toio」の立ち上げは、SAPで「toio」を作ったオリジナルメンバーとSIEの新規メンバーの完全なジョイントチームでしたので、最初は少なからず不安もありました。ただ、イノベーションを起こしたい、自分たちも楽しめるものを作りたいという想いは同じで、あっという間にオープンなディスカッションができる雰囲気になり、結果的に楽しい立ち上げになったと思っています。
田中 私はSIEに来たときから中多さんが元々長く赴任されていた西海岸の雰囲気を感じていましたよ(笑)。情報はオープンに共有して、お互いの意見を尊重しながらフェアな議論を戦わせる。SIEに移ったメンバーも同じマインドを共有していたので、すぐに馴染むことができました。
――そうしたオープンな雰囲気がSIEのカルチャーになっていると。
中多 社内外関係なくいろいろな人と一緒に仕事していくのが当たり前の環境です。ゴールを決めたら、建設的に議論して最高のものづくりを目指す。そうした雰囲気とカルチャーがSIEには根付いていると思います。
田中 それとSIEでは、本気のチャレンジは応援してもらえる雰囲気がありますよね。もちろん本気度は問われますが、「toio」も含めて「まずはやってみよう!」の精神がSIEの推進力を生んでいると感じています。
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子どもたちの未来に向けて「toio」ができること
――「toio」発売から現在までの歩みを振り返って感じたことを教えてください。
田中 まずユーザーの方々が「toio」のロボットプログラミングや工作で、とても自由にあそんでいただけていることに感謝しています。当初は想像していなかった広がりが生まれていて、最近では全国の小学校の授業でも「toio」が使われるようになってきました。
中多 2020年度から始まったプログラミング教育の必修化もあり、学校の環境も大きく変化していて、あそびからの学びを重視する流れが生まれています。「toio」はソニーのエンジニアたちがプログラミングも本気で楽しんでもらいたいと開発してきたことも相まって、遊んでいるうちにプログラミングの基礎が自然と身についていく設計になっています。技術的に深堀りできるポテンシャルも高いので、小学校の算数から中学校の技術まで、いろいろな形で活用できます。そこで学校側も投資がしやすいという背景があるのかなと思います。
田中 技術的には、キューブ型ロボットに専用プレイマット上での絶対位置を検出するセンサーを実装したことが教材としての使いやすさを生んでいると思っています。こういった位置検出ができるセンサーがないロボットは、まっすぐ行けと命令してもうまく進めないんですよ(笑)。思い通りに動かないとプログラムがおかしいのか何なのかわかりづらくて達成感が得られず、すぐに飽きてしまいます。ロボットそのものを動かすことに苦労するよりも、その先のあそびや体験に想像力を働かせ、やりたいことや作りたかった世界を実現して、まずは成功体験や楽しかった原体験になったらと考えています。ですので、ロボットは組み立て不要の数分で動かせる仕様になっていて、そのこだわりが教育現場でも役立っているのであれば、それはとても嬉しいことです。
中多 「プロ学(一般社団法人 プロフェッショナルをすべての学校に)」さんとの活動では、子どもたちが“新しいあそび(ゲーム)をつくる”ミッションに挑戦できる「toio」を活用した遠隔授業を実施しています。我々としてもこうした取り組み(アクティブ・ラーニング)がどんどん広がってほしいと考えています。
――自由度が魅力ですが、開発チームの想像を超えた使い方をしている事例などありますか?
田中 昨年は「toio」用の特殊パターンが印刷された「開発用プレイマット」の発売を開始しました。このマットを自分なりにカスタマイズして、ユーザーの方々が本当にさまざまな楽しみ方をされています。マットを細かく切り線路みたいに並べることでコアキューブを電車化したり、バーチャルリアリティとは逆方向で、家中にtoio用のマットやカードをならべて現実世界をゲーム化して面白い体験を生み出したり――。
中多 プログラミングや工作以外でも、こんなにたくさんのあそぶ手段があることに驚かされましたね。
田中 ユーザーの方々による作品に関しても、昨年の暮れに開催した「ロボットやろうぜ! 「toio」 & Unity 作品動画コンテスト」では「toio」のキューブをユーザーインターフェースにした3Dレーシングゲームなど素晴らしい作品の応募が多数ありました。昨年から無料配布を始めた『「toio」 SDK for Unity』を使えばスマートフォンやパソコンで、いわゆる3Dゲームの技術と「toio」を融合させることができるので、この分野はこれから伸びていきそうです。
中多 今後も一般のクリエイターやデベロッパーの方々が色々なものを作れる環境を支援して、みんなで楽しみながらオープンイノベーションを起こせるようにしていきたいですね。
田中 最近ではタブレットやパソコンで誰でも手軽に楽しいミニゲームであそべたり、オリジナルのプログラムをつくれるビジュアルプログラミングのアプリを中心とした新しいサービス「toio Do」を公開しました。また公式Slackコミュニティ「トイオ・クラブ」を開設して、クリエイターさんが集まれるオープンディスカッションの場も作りました。そこで作品を見せ合ったり、テクニックを紹介したり、素朴な疑問に答えたりして、お互いの制作をサポートしています。
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「toio Do」と「toio」と組み合わせてゲームやアート、便利な道具(ツール)などのサンプルプログラムをつくるコンテストも開催し、素晴らしい作品が生まれています。
――お話を伺ってみるとクリエイターとユーザーの垣根があまりないように感じますね。
田中 そこは最初からなくしていきたいと思っていました。確かに商品自体は我々やデベロッパー、クリエイターの方々が作りました。しかし、このシンプルなキューブで「toio」のあそび方を完成させるのはユーザーの方々なんです。開発環境を公開してみると、こちらの想像を超えたプログラムを組んでいる方もたくさんいらっしゃいます。
またプログラミングしなくてもとりあえず自分で「toio」のキューブを動かすだけで、スペシャルな体験になります。自分で作ったものが動くことのピュアな喜びが、ユーザーとロボットの絆を深めてくれると期待しています。
――今後の目標を教えてください。
田中 今後は国を越えてたくさんの方々に「toio」を使ってもらうことがひとつの目標です。あとは、これまでよりもさらにユーザーサイドに近づいて、コミュニティの皆さんとも一緒になって楽しいものを生み出していきます。そこで「toio」の進化を感じてもらえれば。
中多 現在、日本でもプログラミング教育が必修になって、小さい子どもたちの間で「STEAM教育」*が普及していく流れがあります。一方で、何のためにSTEAMやプログラミングを学ぶのか、その理解が深まらないと、STEAM教育が日本で定着することはないと思っています。プログラムでゲームから車、ドローンまで動かせる。子どもたちがプログラムの先にあるものをイメージできることが重要です。ソニーグループにはゲームの事例もあれば車やドローンのような事例もありますから、そうした事例をうまく交えて「toio」の体験の先にあるものを子どもたちの将来の可能性につなげていきたいです。
* STEM(Science、Technology、Engineering and Mathematics)に、芸術・教養(Art)を加え、各分野を総合的・統合的に学習する教育手法
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