新たなあそびをビジネスに変えて。3年目を迎えたSIEの新規事業toio™
ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)から発売した、子ども向けの体験型ロボットトイ「toio™(トイオ)」が、2022年3月20日に3周年を迎えました。
シンプルな白いフォルムのロボットトイを専用のプレイマットの上で操作するtoioは、プログラミングの仕組みを遊びながら学ぶことができ、エンタテインメントとしてはもちろん、小学校のプログラミング教育の場でも活躍しています。
スタートアップの創出と事業運営を支援するソニーグループ株式会社(SGC)の「Sony Startup Acceleration Program(SSAP)」から生まれ、その後SIEへと事業移管されたtoio。SIEではPlayStation®とは異なるブランドを冠しそのビジネスを推進してきましたが、ビデオゲームと手で触れて遊ぶ玩具とではビジネスノウハウが異なり、toioをより多くのユーザーに訴求するためには新しいチャレンジや発見がありました。本記事では、toioのビジネスを牽引してきた桜井 哲郎と石井 美留香と共にこの3年間を振り返ります。
PlayStation以外の新ビジネス。
SIEだからこそできたこと、新しく挑戦したこと
「この3年間、毎日新しさを感じています」と語るのは、日本市場でのtoio普及、マーケティング促進を統括する桜井。大学教授や小学校教諭との協議から、大手企業やビジネスパートナーとの密なリレーション構築、新しい普及方法の検討まで、PlayStationでは全く経験のなかった業務に取り組んでいます。「『toio』はPlayStationとは全く違うビジネス構築、マーケティングにもチャレンジしています。長年エンタテインメント業界、ゲーム業界に携わってきましたが、“一から作り上げる”経験の全てが学びになっています」(桜井)
一方、石井は新しい業務だらけの3年を振り返り、「いつもゼロから仕事を積み上げていきました。もちろんうまくいかないこともあり、そんなときはその理由を検証して、進むかやめるか考え、軌道修正しながら前へと進んできました。この姿勢は、業務だけでなく人生にも活きる大切な学びになりました」と達成感を感じています。
もともとは子ども向けのロボット玩具として発売したtoioは、思いのほか教育現場からの反応が強く、学校でデモを実施したところ先生方から拍手が起こったこともあったそうです。
「2019年1月、『toio』の発売を発表した直後、熊本県人吉市の教育委員会から『toio』の購入を検討したいというご相談がありました。2020年度からの小学校でのプログラミング教育導入を目前に、教育現場ではプログラミング教材の採択を早急に検討していた時期だったのです」(石井)
そこで商品がまだ発売されていないなか、石井は商品一式を抱え熊本へ。プレゼンの結果は良好で、市の全小学校への一括導入が決定しました。しかし、当時はまだ学校向けの販路がなく、SIEから教育委員会へ直接販売する形になりました。
「toio」はこのように、PlayStationとは違った流通ルートを開拓してきました。
「学校への導入は内田洋行、プログラミング教室への導入はアフレル、大人のデジタルDIYユーザーへの訴求ではスイッチサイエンスなどのビジネスパートナーの方々にサポートしていただいています。これまでSIEでは教育ビジネスへのルート構築の経験が無く、それらのビジネスルールとSIEおよびソニーグループのビジネスルールとの調整に難航しましたが、マネジメントの理解やサポートのもと進められたことには、本当に感謝しています」(桜井)
「toio」でもPlayStationでも「ユーザーの体験」、「楽しさを訴求する情報発信」を重視しており、
「2019年度はPlayStationでも多大なるサポートを頂いているポマト・プロの方々と協業し、タッチ&トライを推進、大型イベントへの出展、タイトル発表会を行いつつ、同時にプレイシーンやコンテンツの訴求をデジタル中心で継続的に行いました」(桜井)と、SIEでの蓄積が活かされた場面もあるものの、「toio」では常にPlayStationとは異なる新たなタッチポイントの創出を意識する必要があります。
「出展先が『ゲームショウ』ではなく『おもちゃショー』なのがその良い例です。最も異なる点は、やはり学校やプログラミング教室など教育ビジネスの現場での体験の充実です。今後もこの方向性を継続していきます」(桜井)
世情に合わせてオンラインで伝えた「toio」の魅力
こうして発売を開始した2019年度内には、イベントやその他の催しで1.5万人以上の方にtoioを体験していただけたものの、翌年の2020年にコロナ禍に見舞われます。それまでは「toio」メンバー全員でシフトを組み、毎週末必ずどこかで実施していた対面ワークショップを諦めざるを得ない状況となりました。
「苦肉の策で、『toio』をオンラインで体験するワークショップをやってみたところ思いのほか好評で、コロナ禍でのスタンダードなワークショップとなりました。オンラインといっても半分アナログで、先生役が出すプログラミングの問題に対して児童が考え答えると、先生が児童の答えたとおりにプログラミングカードを手元で並べ、『toio』に読み込ませ、正解の動きをするかどうかを画面越しに見てもらうという内容でした」(石井)
初期は児童のご家庭もオンライン会議システムに慣れておらず、トラブルも発生。しかし、試行錯誤を重ねるうちに、先生役はカメラ位置を工夫して臨場感を演出するなど児童を楽しませるスキルが向上していきました。
「関係者全員、オンラインでのイベントには不慣れな中で試行錯誤しながらのスタートでしたが、皆さん大変協力的で逆に勇気づけられました」(石井)
「ワークショップだけでなく、マーケティング全般を180度デジタルへ切り替えました。トイオ・クラブというユーザーコミュニティを形成したり、教育現場へのアピールに引き続き注力し、ユーザーとのコミュニケーションを継続する活動を推進しています」(桜井)
「toio」は「プログラミング」というキーワードのもと、教育現場においてその価値が高まりつつあります。上述の熊本県人吉市での導入にはじまり、2020年度からは学校やプログラミング教室でのビジネスをスタートさせ、この活動が2021年度の千葉県流山市の産官学連携や、スタープログラミングスクールでの採用につながりました。また、特別支援学級から、他の教材に比べて児童の集中力が高く何時間でも遊んでいるという声が寄せられています。
「toio」が生んだ思いがけない地域交流と地域貢献
「toio」を通じて、こうしたビジネス面の広がりはもちろんのこと、PlayStationのビジネスでは経験がなかった地域とのつながりを石井は感じています。
「2020年7月5日、学校法人先端教育機構主催のオンラインイベント『STEAM教育フォーラム』を実施しました。全国の教育関係者をはじめとした方々数百名に対して、小学校で『toio』を使っている現場を代表して人吉市の教育委員会と現場の教諭にライブでお話しいただく予定でした。
ところが前日の7月4日、”令和2年7月豪雨”が発生。球磨川の氾濫により人吉市は水没し甚大な被害を受けたのです。当然ながら、本番当日はご出席いただくことは叶いませんでした。お世話になった先生や児童たちの顔が浮かびやるせない気持ちを抑えながら私たちは何ができるか話し合い、納品した『toio』が水没していないか確認し、イベントでは登壇者不在の事情を説明すると共に寄付サイトをご案内させていただきました。私たちも個人的に寄付をしました。地域に密着したビジネス展開をすると全国がとても近く、納品先それぞれが第二の故郷のように感じます」(石井)
さらに商品販売の枠を超え、地域の成長に貢献することもできました。
「2020年2月、『toio』の価値について熊本県菊陽町教育委員会にご説明に行った際、『toioとの出会いを菊陽町の小学生向けの”将来を考えるキャリア教育”の機会にしたい、ついてはソニーセミコンダクタマニュファクチャリング株式会社(SCK)の熊本テクノロジーセンターとも交流の場をつくってほしい』というご要望をいただきました。
実は菊陽町は半導体の関連企業などを誘致することで新たな雇用を作り、さらに活気のある町づくりの取り組みをされていたのです。菊陽町や教育委員会の願いは、子どもたちのプログラミング教育に留まらず、成長し大人になっても町で仕事につき、町の発展に寄与する人材の育成だったのです。そこで、SGCのCSRグループやソニー教育財団に協力を仰ぎ、子ども向けの教育プログラム『CurioStep with Sony(キュリオステップ)』として、SCKの若手社員の皆さまに『toio』のプログラミングワークショップを開催していただきました。
教育委員会の方は大変喜ばれ、今後も企業・教育委員会・小学校の産官学連携プロジェクトとして毎年継続されることになりました。商品販売の枠を超え、地域の成長に貢献でき、仕事の醍醐味を味わえました。これをきっかけに菊陽町とは縁ができ、熊本大学のご協力もあり、翌年には菊陽町の中学校からも大量受注をいただくことができました」(石井)
そして「toio」は海を超え、中国にも販路や活躍の場を広げています。
「『toio』の中国での事業展開を担当していますが、話を初めて聞いたのが2020年末、プロジェクトキックオフが1月半ば。そこから怒涛の開発が始まり、チーム一丸となって実質8か月強で商品を開発し、昨年9月25日に発売を果たしました。
『toio』チームのみならず、生産管理、経理、物流、CR、品質保証、輸出入管理、法務、知財、ブランド戦略、広報などSIEの様々な組織、そしてSony China各部署からの協力を受けながらの立ち上げでした。中国はゼロコロナ対策で、対面でのイベントなどのマーケティング活動がほぼ延期か中止という状況が続いていますが、国営放送のテレビ局CCTVのニュースでも『toio』を使った授業が取り上げられるなどポテンシャルは高く、ビジネス拡大に向けたプランを画策中です」(石井)
「この3年間で教育現場での普及と中国への進出という成果をあげた「toio」ですが、浸透度やユーザーの理解度を高めることがこれからの挑戦です。
「お客様にアンケートをとると総じて非常に高い評価をいただきます。また、『toio』を使った作品コンテストを開催すると、思いもよらない使い方で作品を開発し応募される大人のユーザーの方も見受けられます。お子様と一緒に『toio』での電子工作を楽しまれる親御さんも多いようです。大人のユーザーの方向けには単品のキューブを2020年に発売し、順調に販売数を伸ばしています」(石井)
「これまで推進してきた『子供層』に向けた楽しさの訴求だけでなく、もう少し幅広い層へ向けて楽しさを伝えられるコンテンツやサービスの提供を考えております。こちらについては、いくつか活動を予定していますのでご期待ください」(桜井)
「やらない勇気」そして「うまくいかないときも『よし、きたな!』」
新しい挑戦をする方々へ
教育現場からの思いがけない嬉しい反応と、まだまだ追求したいエンタテインメント性。3年の月日を経て、「toio」は新しいフェーズへ突入しようとしていますが、この3年間新しいビジネスへ挑戦してきた二人に、新しい環境に身を置くこと、新たなチャレンジをする方々に向けたアドバイスを聞いてみました。
「新しいチャレンジは必ず人を成長に導きます。私もこれまでの社会人経験、そしてtoioビジネスにおいても失敗も多数ありましたが、それも全て次のステップの大きな糧になっています。そしてなによりもそのチャレンジ、つまり未開の地を開拓することは常に人をワクワクさせてくれます。これから新しい環境に置かれる方は、何事も楽しむことを忘れずにいてほしいです。それと特に日本人は忘れがちですが、『やらないこと』の大切さも皆さんに伝えたいです。一見、『諦める』とか『失敗する』というようなネガティブに捉えられますが、無理をして辿り着く可能性が難しいチャレンジだけをするのではなく、『やらない』勇気を持つことは非常に重要だと考えています。その取捨選択もまさに『決断力』だと思います」(桜井)
「きっと目の前に広がる新しいチャンス、場、そして未来の自分にワクワクされていることと思います。私も新しいチャレンジをするときはそうです。しかし、ものごとは大概予定通りには運びません。そういうとき、私は『よし、きたな!』とばかりに熱量上げて取り組みます。大体何とかなります。そして、何も起こらなかったときより達成感は高く、多くを学びます。後から振り返ってみても、大変だったときのほうが懐かしく思い起こされます。それが多いほど、『人生豊か』と言えるのではないでしょうか。新しいチャレンジでご自分の人生を彩ってください」(石井)