2022年8月20 日、8月27日に放映したNHK BSプレミアム「魔改造の夜」にて2つのテーマに「Sニー」チームの一員としてSIEのエンジニアが参加。両テーマともに素晴らしい成果を残しました。

「魔改造の夜」は、エンジニアが身の回りにある「おもちゃ」や「家電」をとんでもない怪物マシンに魔改造して競い合うNHKの人気番組。「Sニー」チームは、四足歩行のネコ型ロボット(ネコちゃんのオモチャ)による「ネコちゃん落下25m走」と、改造した電気ケトルの蒸気を使った「電気ケトル綱引き」という二つのテーマに挑戦しました。

テーマ発表から1ヶ月半という短期間で、両企画に挑戦するマシンを開発するため、ソニーグループでは年齢・所属を問わず参加メンバーを募集。ベテランから若手まで、ものづくりの情熱にあふれるエンジニアが集まりました。

本記事では、SIEから本番組に参加した、総合リーダーかつネコちゃんのオモチャの魔改造を担当した「ALKNYAN」(アルクニャン)チームのリーダー田中章愛(たなか あきちか)、電気ケトルの魔改造を行った「お茶の魔ケトル MKZ-1300N」チームで若手ながらチームリーダーの重責に挑戦したエンジニアの坂根領斗(さかね りょうと)、メンターとして後進の指導に当たったベテランエンジニア鳳康宏(おおとり やすひろ)の三名が、マシン開発の経緯から、エンジニアの成長に必要なことについて語ります。

心からものづくりを愛するメンバーが一丸となって掴んだ結果

──「魔改造の夜」では両チームとも素晴らしい結果を残しました。今の率直な気持ちを聞かせてください。

坂根 1ヶ月半という短い開発期間で、大変なこともいろいろありましたが、このプロジェクトには素晴らしいエンジニアが集まっていて、とても勉強になりました。

田中 素晴らしい成果をあげることができたと思います。番組を見ていただければ分かるかもしれませんが、非常に高度な技術を要する難問に対して、我々なりの答えを出して、このような成果を得られたのはとても嬉しい瞬間でした。これは本当にものづくりが好きでチャレンジ精神あふれるメンバーと、それを支えてくれたスタッフのバックアップがあってこその成果だと思っています。

 もちろん、結果も嬉しいですけど、「魔改造の夜」への参加に手を挙げてくれたメンバーと、一緒にものづくりの時間を共有できたのが本当に楽しかったです。ものづくりが好きな若い人たちがこんなにいるんだということを再認識する良い機会になりました。

困難に立ち向かうときほど「モノづくりの階段は一段目から上る」スタンスが大切

──技術的に苦労した点・難しかった点についてお聞かせください。

坂根 私たちが出場したのは「ケトルの沸かしたお湯で綱を引く」という蒸気機関に関する知識が必要な競技でした。蒸気機関の知見を持つ人メンバーがいなかったので、教科書を引っ張り出してきて、一から勉強するところからのスタートでした。綱引きですから非常に大きなパワー(牽引力)を出す必要があったのですが、パワーの制御が難しく、納品の前日にはマシンを壊してしまう事件もありました。

 誰もやったことがないため大変な状況ですが、「自分たちに出来ることを積み上げて作ろう」という方針で地道に開発を進めていきました。対戦相手はとんでもないもの作ってくるんじゃないかという恐怖と、どこまでやっても安心できないストレスを常に感じていましたね。

きっと僕らが50kgのパワーを出したら、相手は100kg出してくるだろう、僕らが100kg出したら150kgくらい余裕で出してくるだろうということの繰り返しで、最終的には130kgまで出せるマシンになりました。それで、「1300N」という名前をつけたんですが、名前をつけた後、じつは160kg以上のパワーに到達したんです。それでも対戦相手は200kgくらい軽く出してくるんじゃないかと、本番当日まで安心できませんでした。

──そうした技術的な困難を乗り越えるために、これまでの業務で培ってきたノウハウが活かされる場面はありましたか?

 SCE・SIEのどちらでも、私は「モノづくりの階段は一段目から上がる」という信念を持っています。わかりきっているつもりのところでも、ちゃんと一番ベーシックなところから、自分の手で作って積み上げていきましょうというスタイルを貫いてきた。それのおかげで、今回のように未知のものづくりでもそれなりに上手くいったんじゃないかと思います。

情熱のあるエンジニアが集まれば所属や肩書は関係ない

──開発はどのように進んでいったのでしょうか?

田中 私が参加していたALKNYANチームに与えられた課題は「ネコちゃんのオモチャを改造して5m走らせ6m落下させた上で20m走らせる」というものでした。とはいえ、「ネコちゃんチーム」のメンバーの中にもそもそも歩行機構を作った経験のある人が少なくて、何を作ればいいのかわからない状態です。そこでコンテスト形式で上手く走れる方式を探るところから始まりました。とにかくいろいろな方式でマシンの歩行機構を動かしてみて、何が問題なのかをしっかり理解する経験を積んでいきました。

──「6m落下させる」も大変な課題です。

田中 みんなで様々な方式を試作することで歩行機構についてはだんだんわかってきたのですが、今度は落下させてみたらみんな壊れてしまって、全然うまくいかなかったんです。そもそも6メートルの落下をやったことがあるのは、ソニーグループの製品でもなかなかないと思います(笑)。そこで、落下に関しても、パラシュート、傘、カイト、グライダー、いろいろな方式を試していって、本番1週間くらい前にようやく収束していきました。最終的には、固定型のパラシュートと、スライダークランク方式の歩行機構が採用されました。

──1週間前というと、タイムリミットも迫ってかなり痺れる時期ですね。

田中 1週間前の土曜日に初めて完走できたのですが、そのときはみんなから歓声が上がってやっぱり感動しました。1回そうした成功体験を共有できると、それがモチベーションになって、本番でみんなに見せたいと思えるような完成度のマシンを目指してどんどん洗練させていくことができました。ものづくりの99%の時間は大変かもしれないけど、1%でもこういう瞬間があるとたまらないですね。やりがいや楽しさや価値の99%はこういうところにあると感じますし、そういったひとつひとつの小さな達成感や成功体験・原体験が次への原動力になります。

──期間中には、ネコちゃんとケトルチーム間のやりとりもあったのでしょうか?

田中 チーム間で映像やチャットなど情報を共有して、お互いの情報がいつも見える状態にしていました。ALKNYANチームとしては、お茶の魔ケトルチームがどうもすごそうだと刺激になりましたし、サポートメンバーというかたちで、手が足りない時は手伝いに来てもらうような、自然と相互に支え合う関係が出来ていきました。そういうコミュニティ的な進め方ができたのも良かったなと思います。

──普段、他グループのエンジニアとコラボレーションする機会はあまりないと思いますが、その点ではいかがでしたか?

田中 私個人としては、どこの所属かということをまったく意識していなくて。自己紹介されない限り、どこの人かもわからない感じですぐに身近な仲間といった関係になりました。ものづくりが好きで、新しいことや難しい課題にチャレンジしたいという人たちが集まれば、それが共通言語になり、もう肩書とか所属は関係なくなります。一応最初は昔の過去問をみんなで解こうみたいなワークショップもやりましたが、やっぱり同じ釜の飯を食って、熱い時間を過ごすうちにすぐ打ち解けることができました。

 私はよく出張で中国の現場に行って、現地のエンジニアと一緒に仕事しますけど、エンジニア同士って言葉が通じなくてもそんなに不都合がないんです。エンジニアは技術で繋がっているので、もともと壁も違いもない生き物なんですね。

メンターから学んだ「肌感覚」の大切さ

──今回、鳳さんが坂根さんのメンターとして指導に当たったと聞いています。そこではどんな学びがあったのでしょう?

坂根 「モノづくりの階段は一段目から」を意識するようになりました。ずっと話し合いをするというより、実際に手を動かして作ってみて、それを評価・検討することで、肌感覚を掴んでいくことの大切さを教えていただきました。

たとえば、発生させた蒸気をバーナーで再加熱し140℃以上の加熱蒸気にすることで、シリンダーの充填速度を上げようと検討していた時、理論的には正しく絶対にうまくいくだろうと考えていました。しかし、実際にバーナーを作って検証してみると、充填速度は上がらず不採用にしました。試してみて、検証をする一連の流れの大切さを再認識した出来事でした。

また、プーリー*の変速機構を開発していた時に、複雑な構造を検討していて上手くいかないことがありましたが、よくよく考えてみるとそんなに複雑な構造は必要なくて、ワイヤーの巻き方を工夫するだけで変速することができました。複雑な機構の方が正しいように感じていましたが、最善は「必要十分」を突き詰めることでした。
*力の向きや大きさを変換する滑車のこと

 若い人は頭でっかちになりがちです。学校で教わったり、先輩から聞きかじったり、YouTubeで見たりして、階段の5段目とか6段目から上ろうとします。1段目から上れば、3段目くらいのところで十分性能を満たすものを作れるのに、いきなり5段目から上ろうとするから、混乱して上手くいかなくなるんです。

田中 「自分の肌感覚がないことで判断しない」は、鳳さんの言葉であらためて気付かされたことでした。頭だけで判断すると、結局は遠回りになってしまう。現場の肌感覚をみんなで共有できると強いエネルギーになるし、そのほうが正解に近づいていくんだなということを再確認しました。自分自身大切なことだとぼんやりと感じていた部分が明晰になったのは、今後のものづくりに活かしていける財産になったと思います。

技術的に正しくてもお客様が喜ばなければ意味がない

──今回の魔改造企画への参加を通じてメンティーを伸ばすために行ったことについてお聞かせください。

 今回、このプロジェクトを通じて若い人に伝えたかったのは、「階段は一段目から上るんだよ」「仕事は手で覚えるんだよ」ということでした。ただ、その過程でもうひとつ教えたいことが出てきたんです。エンジニアは技術的に正しいかどうかで判断しがちだけど、お客様に理解されないものはどれだけ技術的に正しくても価値がないよ、ということです。

今回の企画の最終的なお客様はテレビを見ている人たち。番組の視聴者に楽しんでもらうことが最終的な目標なので、いくら技術的に正しくても一般のお客様に理解されないことは良くないよと伝えるようになりました。

──今回の企画だけでなく、普段のものづくりにも活かせる心構えですね。

 我々が作っている製品はお客様に喜んでもらってナンボです。お客様を幸せにしない製品には価値はありません。「俺の作った料理の味がわからないのは客の舌が馬鹿だからだ」なんて考えのエンジニアには絶対になってはいけません。

──今回の企画では、まだ入社して間もない坂根さんがケトルチームのリーダーに立候補されました。年上のエンジニアもいるなかでリーダーシップを取ったことは、ご自身としてどんな体験になりましたか?

坂根 思っていたよりも数倍キツかった、というのが正直なところです(笑)。自分は何も出来ないんだなと痛感しました。リーダーのあり方や、チームビルディングの方法は鳳さんからいろいろ教えていただきました。謙虚でいること、誰よりも手を動かすこと、この2つをいつも考えてリーダーの業務に当たっていました。マシンはみんなで作っていますが、テレビでフィーチャーされるのは私や鳳さんなので、皆さんに作っていただいているという謙虚な気持ちを忘れずに、なおかつ、自分のマシンであることの責任を持って、誰よりも動くということを意識していました。

──チームメンバーが回り始めたと意識する瞬間はありましたか?

坂根 みなさん素晴らしいエンジニアですから、私のおかげで回っているというのは全然なくて、私の足りない部分をみなさんに助けていただいて、チームを回すことができたのかなと思います。

 でも、最後までやりきったからね。たいしたものだと思うよ。

「みんなに自慢できるものを作れているか?」にこだわりを持つ

──今回の経験で得られたものはありましたか? また今後の業務でどのように活かしていきたいですか?

田中 この企画は、年齢や所属を超えてリスペクトできる素晴らしいエンジニアのみなさん、活動を認めてくれた家族や上司・経営陣のみなさん、そして裏方で支援してくれた縁の下の力持ちのみなさんも含めて、ものすごく熱い人達の集まりで実現したプロジェクトだったと思います。大きな企業というか、大きなグループだからなかなか出会わない人も当然いるわけですが、普段気づきにくいだけで、こんな素敵なコミュニティなんだなとあらためて認識することができました。

今回の企画で一番大切にしていたのは「みんなが自慢したくなるものを作る」でした。作ったものを自慢できないのは、自分の感覚に正直ではなかったということです。勝っても負けても、「こんなもの作らなければよかった」と後悔するような結果だけは避けたかった。だから最後に、みんながネコちゃんやケトルと一緒に写真を撮っているのを見てすごく安心しました。本当に自慢できるものを作ることが出来たんだなと。

坂根 ものづくりの感覚に優れたエンジニアになるためには、手を動かして物を作ることが大切であると教えていただきました。また、リーダー業務を担当した際は今回大切にしていた、謙虚な姿勢と誰よりも動くことを忘れないようにしようと思います。あと、ハードワークが続いても、意外に働けるなと思いました(笑)。

 それは坂根君が若いから…(笑)

――もしも、もう一度オファーがきたらやりたいと思いますか?

 私はまだ、「やる」と言えるほど体力が回復していません(笑)。

坂根 今回、まだまだ未熟だなと感じた点がたくさんありました。もし数年後にリベンジできたら面白いかもしれません。

田中 次は坂根さんがメンターをやりましょう。

  蒸気で動くプレイステーション作りましょうか!

一同笑

──本日はありがとうございました。

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